Eighteen, Miraculous Gift, SP, Maplopo

Eighteen (Part Five)

This is the fifth part of a story I wrote about a day in the life of an eighteen-year-old highschool girl and the older brother she loves so much. If you missed Part OnePart Two, Part Three, or Part Four, visit those links!

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——前回からの続き

オーストラリアン・シェパードのマッキントッシュは、我が家の二代目の犬だ。父は犬が大好きで、犬のいない生活は考えられないという人なので、一代目の秋田犬ミルが亡くなり喪が明けると、生後五ヶ月のマッキントッシュがやって来た。ミルが死んだ時は、私はまだ小学四年生で私が朝一番に発見した。当時私たちはミルを外でつないで飼っていた。その朝、ミルは中庭の犬小屋の真ん前にじっと横たわっており、目は見開かれたままぴくりと動きもせず、その異様な雰囲気からすぐに死んでいると分かった。私はハッとして真っ先に兄の部屋に行き、寝ている兄を叩き起こし「ミルが死んだ!」と泣き叫ぶように言った。兄はすぐさま跳ね起き、猛ダッシュで中庭へ下りていった。私は少し遅れて兄の後をついて行ったが、恐くて中庭には出られず、大きな窓ガラス越しに外の様子を窺った。兄はミルの亡骸のすぐ前で呆然と立ちすくみ、しばらくの間そこで身じろぎもせずに煙突のように立っていた。数日後、父が火葬場からミルの遺骨を持って帰ってきて、もう一度中庭のミルの小屋の前の、ぽっかりあいた空間を見やった時、ミルがもう本当に「亡くなった」ということを私は十歳の小さな頭で悟った。今までずっとそこにあった存在がもうそこには存在しなかった。「亡くなる」という言葉の意味が重くずんと私にのしかかった。兄は、ミルの死んだ悲しみを兄なりにどうにかやり込めようと四苦八苦していた。

その日の午後、私は兄に、ゆら、と呼ばれ、これから一緒についてくるように言われた。雲一つない蒼がきれいに広がる空の下を、二人は自転車をこいで、休日の誰もいない小学校へ向かった。二台の自転車を横に並べて校門の前に置き、歩いて運動場へ入った。兄はまず、すぐ右側の雲梯から順に、のぼり棒、鉄棒、ジャングルジム、ブランコ、回旋塔、滑り台……と運動場の周りにある遊具を一つ一つ触っては、何も言葉を発することなく、ぶら下がったりよじ登ったり漕いだり回したりしていった。私は兄の後ろについて兄のすることを一通り真似ていった。鉄棒のところまでくると、兄は逆手で棒を持ち、勢いをつけて思いっきり地面を足で蹴って、ぐるんと逆上がりをした。手を持ちかえると今度はジャンプして足を浮かせ、棒をしっかり握って肘をまっすぐに、そのまま身体を持ち上げた状態でしばらく前方を見ていた。これまで数えられないほどの児童に握られてきた鉄棒は黒ずんでいて、私が指で触れるとひんやりと冷たかった。兄は両腕だけの力で身体を宙に浮かせた状態から、ぐるんっと勢いよく前に回転した。もとの位置に戻り、再びぐるんっと回る。ぐるん、ぐるん、ぐるん——兄は続けざまに回転した。一言も発せず無心に回転する兄を見ると、一回ぐるんっといくたび、兄の心のどこかに、ミルとの思い出をしまっていっているように思えた。

校庭の遊具を一通り回るのに四十分くらいかかり、私たちはその後また自転車をこいで、近くの観音山と呼ばれる山に来た。観音山には人の上り下りが楽にいくよう、手すりつきの階段が山の入り口からついており、山道はきれいにならしてあるので、犬の散歩によく利用されている。ミルの散歩にも父と兄と私とで何度か来たことがあった。観音山に着いてからも、兄はまだ一言も話そうとはしなかった。私も黙ったままだった。すたすたと前を行く歩幅の広い兄に遅れてはならないと、それだけに神経を集中させ、私は必死でついて行った。階段を上りきるとちょっとした広場に出た。いつもならそこには誰かしらがいているのに、その日は無人で、私たち二人だけが大きな広場に立った。広場の奥のほうにはローラースライダー式の巨大な滑り台があり、それを滑るとゴーッゴーッゴーッとローラーの擦れ合うもの凄い音をともなう。兄はそこへ迷わず歩いていき、滑り台のてっぺんに腰を下ろすと、躊躇することなく、ゴロゴロゴロゴロッとけたたましい音を鳴らしながら、滑り下りていった。広場には日が穏やかに照っていて、暖かな木漏れ日があちこちで太陽のパッチワークをつくり、辺りはしーんと静まりかえっていた。そんな中、兄の滑り行く相当に場違いな轟音だけが広場に鳴りわたっていた。私は不思議と、この時だけは兄の後に続かず、丘の下の方へ遠く滑り下りていくその後ろ姿を、滑り台の横に立って気の抜けたように見つめていた。丘の草の新緑が太陽に当たってきらきらと輝き、散りばめられた小片の宝石のような煌きに、私はわずかの間心を奪われた。だいぶ遠くの方でようやく一番下まで下りきった兄は、振り返ってこちらを見上げた。あの透き通った野生のアカシカのような目で、兄はじっと私を見据えていた。私はそこからどうにも動けず、時間だけががいたずらに流れていった。

十八年間で、たったあの時だけだった。触れた瞬間にピシピシとひびが入って、一瞬にして全て壊れてしまいそうな、儚いガラス細工のような兄を見たのは、あの時が最初で最後だった。そして私が兄を必要とするのでなく、兄が私を必要としてくれたのは、ミルの死の後、私をつれて日曜日の午後に小学校の校庭と観音山で、無為に過ごしたあの数時間だけだった。

「マッキントッシュ。なんやの、あんた。さっきまで寝てたんちゃうの。あんたはチョコレートは食べられへんで」ようやくチョコレートを見つけ、幾つか手につかんだ私は、自分の席に戻るまで尻尾を振ってついてくるマッキントッシュに向かって言った。やはり甘い苺のチョコレートはなかった。95%カカオとまではいかないが、美容効果のありそうな高カカオのオーガニックチョコレートに私は仕方なく甘んじることにした。あっただけましだ。私が椅子につくとマッキントッシュはお座りをして潤んだ目でじっとこちらを見上げた。

「この子はほんま食いしん坊やな」

「『ゆ』のつく子にそっくりやな。ハイ、どうぞー、お召し上がり」兄はそう言って、私のために作ってくれたウイスキーコークを、父がいつも使っている口の広い洋酒用グラスに入れて渡してくれた。球状の大きな氷が、カラン、といかにも大人な音をたてた。兄はいつの間にか持ってきた黒陶器の灰皿を手元に控え、また煙草を吸っていた。

「お兄ちゃん、向こうでも吸うの?アメリカではそういうの厳しいんちゃうの?よう知らんけど。マリファナとかやらんといてや。嫌やで、違う意味でお兄ちゃんがニュースになるのは」

「俺はそういうところはしっかりしてるから、大丈夫や。煙草も、もしかしたらこれを機に止めるかもしれんわ。ジョンの弟さんの家族、誰も吸わへん言うてるし、中二か中三の双子の娘さんもいてるらしいから、悪影響やろ、きっと。別になければないで、ええねん。俺の煙草はそんなもんや」

「大学行くの九月からやろ。それまで何すんの。まだ六月始まったとこやん」

「大学に附属の語学学校があるから、そこで勉強して耳と口を慣らす。後は普通に観光と、ジョンのおじさんか誰かが大工さんやから、その人が家建てたり潰したりするの手伝ってあげたり。手伝ってくれ言われたらやけどな。ああ、それと本屋巡りはしときたいな。要は慣らしや」

「でもほんま、お兄ちゃん、鬼のようなスピードで英語習得したな。昔からそんな英語得意やったっけ?なんか最近はよう隣の部屋からNHKラジオ英語で練習してるの聞こえてきてたけど、どうやってそんな英語上手になったん。お兄ちゃんがジョンさんと話してるの、ゆらは全く解らへんわ」

「ゆら、それはな——ここがええからや」兄はコンコンと自分の頭を小突き、にっこり笑った。実際、兄は頭が良く、勘もすこぶる良い。それに耳がいい。耳のいいおかげで、知らない音のつながりでも的確に聞き取ることができ、なんとなくその通りに真似して言ってみることができる。その「なんとなく」というのが兄の上達のキーポイントだそうだ。

「何を言うてんの。九十八パーセント、ジョンさんのおかげやろ」私は少しからかいモードで指摘した。

「間違いない。あのおっちゃんには、だいぶ恩返ししてかなあかんな」兄は素直に頷いた。兄がたまにジョンさんをおっちゃん呼ばわりするのは楽しかった。

「ジョンさんて、もうずっとこれから日本に住むんかな。もともと、なんで日本に来やはったんやっけ」

「百合子さんに出会ったからやろ。百合子さんに出会って人生百八十度変わった言うてたやん」ジョンの奥さんの百合子さんのことを兄は言った。百合子さんはもともと奈良の人だが、アメリカ在住歴が長くジョンさんともニュージャージー州で出会った。帰国後の現在は全国各地で外国人を対象に着物の着付けの先生をしている。「おっちゃん十八歳までカトリックスクールに通ってて、おっちゃんのアメリカの家族はみんなごっちごちのクリスチャンやのに、そん中でただ一人だけ、仏教に改宗したからな。あ、そや」兄が何かを思い出したように、組んでいた足をほどき、斜向きに座っていた体勢をこちらに向け直して、とても重要なことを告げるように続けた。「おっちゃんが言うてたんやけど、イエス・キリストは仏教徒やったらしいで」

「そな、あほな」私は吹き出した。

「いやいやいや、ほんま——まあ、そういう説も無きにしも非ずってことや。この際どっちでもええやん。結局な、俺は思うんやけど、どの宗教も大もとは、言うてること同じやねん、要は。どれも、心を綺麗に、愛を大切に、よく生きよ、と言うてるだけやねん。で、俺はそこをやな、もっともっと深く掘り下げて、それぞれを丁寧に比べて研究していきたいと思てるねん。で、そういうことは今のうちに、でっかいスケールんとこで、色んな世界観の人に揉まれて、より多くのことを学べるだけ、学んどいたほうがええねん。俺は正直、今後ほんまに坊さんになりたいんか分からへんけど、なったとしても、俺は、頭がかっちこちの偏狭な坊さんになるのだけはごめんや。そんな坊さんになって何になんねん。俺は安楽寺の泰栄さんみたいに、自由やけどほんまに押さえなあかんとこは押さえてて、ブレたらあかんとこはブレてへんような人がもっといてほしいと思う。そういうのを目指すには、まず外へ出なあかんはずやねん。自分が当たり前やと思ってることに疑ってかかれるようになるには、まず外へ出て、客観的に自分を見られるようにならんとあかん。俺はな、すべてのあほらしい固定観念をぼんぼん破って、自分の人生を自由に築いていきたいねん。言うてることわかるか、ゆら」

「うん、わかるよ。わかる——お兄ちゃんらしい考え方やな」

兄の言っていることは、私には二つの点ではっきりしている。つまり、こういう考え方はいかにも兄らしい考え方であるという点と、私には、そういう考え方をするのは到底無理だ、という点だ。できないというよりも、自分をそこまで持っていくのがしんどい。私はそういう積極性に、自分でも情けなくなるくらい欠けている。みんながよく言う「よりよく生きる」というのはどういうことだろう。みんなそれを形だけでも提示しようと、躍起になっている気がする。「生きがい」——それを持とうとして、何も見つけられない自分に焦るのだ。でも私に関しては、不甲斐ないが、特にそういった焦りすら持っていないし、持とうともしていない。

無意識に私はマッキントッシュに目をやった。いくらお利口さんにお座りして、その無邪気なあいくるしい顔を見せようとも——さっきまでマッキントッシュの瞳は健気にじっと、私の手、チョコレートとその包み、そして口… と追い続けていた——私が完全に無視していたので、もう以前のソファー横の定位置に戻り、さっきと同じ体勢で丸っこくなって、気持ちよさそうにすーすーと寝息をたてている。はたしてマッキントッシュに「生きがい」や「よりよく生きる」なんて言葉が頭をよぎることはあるのだろうか。ない。マッキントッシュには人間の言葉がないのだから当たり前だ。でも私は、マッキントッシュは、マッキントッシュなりに毎日精一杯生きているような気がする。自分には犬のそういった生命を純粋に全うしている姿を応援したいし、そちらのほうが、人生に意味を見出そうとしっちゃかめっちゃかもがいている人間より、よっぽど美しく見える。ツピダンサスの木だってそうだ。マッキントッシュが眠っている場所から少し離れたところの、窓際の大きな鉢に植わっているツピダンサスの木のことを私は言っている。嵐の日にはマッキントッシュは雷雨を異常に怖がるため、動転すると何かしらかじってしまうことがあるのだが、この間の嵐で、ツピダンサスの下方の葉がマッキントッシュに半分かじりとられてしまった。そんな少々不恰好なツピダンサスだって、実はツピダンサスなりの生命を、一生懸命、全うしていると思うのだ。そして私もそういう動植物のシンプルな生き方ができればいいなと思う。ただ生きているということが、美しいというような、そんな生き方をしたい。けれども私は人間であって、進化を遂げ、大きく発達した脳が備わっているので、この脳は使われなくてはならないし、何かしら意味のある活動しなくては、気力ゼロやる気ゼロの、人間社会のお荷物、更には世の中の「落伍者」とみなされてしまうだろう。何の役にも立たない、有り難くない人間——。でも、なぜか私は自分でも気づかないうちにそういった理想郷を夢見るような、緩んでふやけた考え方をしてしまいがちである。自分で決断するのを避け、なんでも人任せにするやり方が細胞にこびりついてしまっている。でもそこで、こんなふうにふわついている私に、いつもいい刺激を与えてくれるのが兄である。今までずっと、すぐそこで私のねじを巻いてきてくれた兄も明日以降、私の側からいなくなってしまう。私に活を入れてくれる人がもういなくなる。兄はきっとこれからアメリカで、色々な人と出会いあらゆることに刺激され、そのまま、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がする。どこか遠くの地で、兄は兄の「百合子さん」を見つけ、日本にはもう戻ってこないかもしれない。私の兄はもう私には手の届かない人になり、ミルの死んだ時のように私を必要としてくれるのは遠い遠い過去のことで、私のことは少しずつ兄の記憶から薄らいでいくかもしれない。兄は兄の力で今までどおり強く逞しく生きていくだろう。こう思い始めると私は胸が張り裂けそうなくらい切なく悲しくなる。兄のいないこれからの自分の人生が不安でいっぱいだ。私はどうしたらいいのだろう。けれども、そう言いつつも、狭い世界から広い世界へ飛び出していくという人生を選ぶのがまったく兄らしくて、そういう人生を歩まない兄は兄でない。逆にだらけきって自分の可能性を試さない兄を目にするのは同じくらい辛いと思う。私はすごくわがままだ。一体何が欲しいのか自分でも全然よく分かっていない。

「ジョンが百合子さんと琴子ちゃんを連れて、一回ここに食事に来たときに言うとったの覚えてるか。何も、生まれ育った土地だけが、本来いるべき土地じゃないんやって。生まれ育った土地で出会う人間だけが、生涯一緒に生きていく人間ではないんやって」兄がまたジョンさんに話題を戻した。

「あの晩、正直ジョンさんが英語で何言うてるか全然分からんかったけど、お兄ちゃんが通訳してくれてやっと分かった」自分でも知らないうちに目に涙が溜まってきており、私は少し震えた小さな声で言った。

「ええこと言うとったわ」

続く——

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Reiko Kane

Author and
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