Eighteen, Miraculous Gift, SP, Maplopo

Eighteen (Part Two)

This is the second part of a story I wrote about a day in the life of an eighteen-year-old highschool girl and the older brother she loves so much. If you missed Part One, click here!

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——前回からの続き

このお寺は江戸時代から約三百年続く由緒正しい、安楽寺という名のお寺で住職の泰栄さんは先月七十七歳の誕生日を迎えたばかりだ。一般的に人が持つお坊さんというイメージから遠くかけ離れた人で、この人もまた自由である。私が少しだけ大丈夫かしらこのお方、と杞憂してしまうのは、泰栄さんの酒呑童子すら参ったを出しかねない、大の酒豪っぷりだ。お酒だけに限らず煙草も、本数はかなり減ったとのことだが、いまだに吸っているらしい。そんなものなので、毎回毎回というわけではないが御供物には自然と煙草もしくはビールなどが捧げられる。しかしどんなに飲もうがはしゃごうが毎日必ず、決まった時間に起床し、決まった時間にお寺の鐘を鳴らし、朝・夕のお勤めを規則正しく、愛と情熱をもってこなす人で、この人が仏様のことを大好きなのは明瞭だ。そしてこの人はお経が上手だと(お経を読むのに上手か上手でないかがあるのに私は驚いたが)皆からの評判がいい。

兄と私は小学一年から六年まで毎週日曜日この寺が開催する、日曜学校というお勉強会で朝八時半から九時半まで一時間、広く言えば道義、厳密に言うと仏の教えというものを学んでいた。自転車で行くこと五分、お寺の門の前に自転車を隣同士並べてとめ、兄の後をついて境内の砂利道をざくっざくっと音をたてながら本堂へ向かう。濃い灰色をした木の階段を軽快にあがり引き戸を元気よくガラガラガラッと開けると、そこはお線香の匂いで一杯のだだっ広い畳の部屋で、横長の机一台と真っ白の座布団二つがセットになって二列にきちんと並べられてある。薄暗がりの奥の方は仏壇で、南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…を小さく連々と唱えながら泰栄さんがそれぞれの仏像にお線香をあげている。会はいつもお歌から始まり、泰栄さん自らがオルガンを弾きあなたオペラ歌手ですかというほどの、非常に伸びやかな声について親鸞さんの歌とやらを皆で歌う。そしてお経、お話と続いた。泰栄さんの説くお話はいつもおもしろかった。小さいながら毎週この時間を心から楽しみにしたものだ。ただ、二十分ほど続く正座での読経には少しばかり閉口したが。しかし何より嬉しかったのは、兄の隣にちょこんと座って丸々一時間兄を独り占めにできるという点だった。加えて私がいつも劣等感を感じていた近隣の子たちに、頭が良く格好のいい兄を見せびらかすことで、ちっちゃな優越感をも味わっていた。取り柄なんて何一つなく恥ずかしがり屋で内弁慶な私は、兄に大きなクマさんのように守ってもらっていた。兄の横にいれば安心だった。私はあらゆることで、今も昔も兄に甘えっきりだ。何をするにも兄を基準にする。好きな本、好きな音楽、好きな映画俳優、毎朝のパンかご飯かの選択…… 私は兄の選ぶものをまるで自分の決めたものであるかのように、自信をもって選び取っていったし、兄のすることはとりあえず片っ端から真似をしてきた。

例えばお花。今もそうだが兄は幼い頃から花が好きだった。お花屋さんで季節ごとに違う美しい花を見つけると自分のお小遣いでそれを買って自分の勉強机に飾るような子供だった。私も真似て同じことをしたが、お小遣いの少ない私は自分ではお花を買うことができず、母に買ってもらった。リネンのシャツとジーンズもそうだ。兄はリネン地のシャツが好きでクローゼットには兄に愛でられた様々な色や柄のリネンシャツが見事整然と吊り下がっている。ジーンズは履き心地のよい柔らかめの生地で、履いていくうち色が落ちて更にいい味の出る、細めのスタイルのものを好んでおり、店の職人さんが素材や細部にこだわり一本一本手作りするお気に入りのショップで、リネンのシャツと一緒に買う。私も自然そこに一緒についていって兄と同じテイストのリネンのシャツとジーンズを選ぶ。兄は髪を染めたことがない。周りは夏休みに少し明るくしたり、思い切ってブリーチしたりするけれど、兄はついぞ染めなかった。綺麗な黒髪をいつも清潔、健康に保っている。なので私もどんなに周りが美容院に嬉々と出向き、思い思いの色に染めようが、兄を真似て真っ黒を保った。しかし、たった一つだけ真似をしないのがある。煙草だ。兄はいつからか煙草を吸い始めて、母のひんしゅくを余所に毎日結構な本数を吸っている。私は煙草の匂いが嫌いではない。むしろ好きといってもいいかもしれない。けれどなぜか煙草だけは、その世界にだけは、足を踏み入れようとしていない。自分でも知らない何かが自分を引き止めているのだろうが、つまるところ私は根が臆病な、へたれっ子なのだ。

兄は自分だ。いや、自分の理想とする異性の像なのだ。だから兄の決断に何の疑いも持たず、自分の脳の働きをすべてずっと彼に託してきた。私は、かの豊臣秀吉が千利休に傾倒したように、あるいはそれ以上に強い愛で、兄に傾倒している一人の妹だ。

兄は猛勉強の甲斐もあって、希望していた仏教系の大学に見事合格した。それが去年三月のことだ。幸い、大学は家からでも十分通える近いところだったので、家を出る必要はなかった。兄に彼女がいたことは二十年間、一度もない。もてないわけではない。逆で、すごくよくもてる。小、中、高、そして大学へ入ってからも、バイト先でも、女の人が寄ってくるのはひっきりなしだ。兄が人気なのは、単に顔がよくて体型に恵まれているから、というだけでなく、仮にもしそうでなかったとしても十分もてていたと思う。兄の心は空のように美しく澄んでいて、頭はいつでも至極ハイセンスなユーモアを繰り出すパワーマシーンなのだ。

親友の理香子が初めて家に遊びに来て、縹色のリネンシャツと黒のジーンズ姿で自分の部屋からちょうど出てきた兄に出くわしたことがある。私が兄を紹介したら理香子は私の部屋に入るなり「あれがゆらのお兄ちゃんなん!?」と私のベッドに自分の鞄を無造作に置いて、今目にした東京タワーのごとき大柄のハンサムな青年のことを私に確認した。理香子のほっぺたは少し赤くなっていた。

「そうやで。ちょっと理香子、あんたの鞄、ベッドに置かんといてよ。鞄は、こっちの机の横の、ここに置いて」私は自分の寝具に関しては家族からも随分持て余されるほどの潔癖症なので、無頓着な理香子がそこらへんにポンポン置き、恐らく何十何百億もの細菌が付着しているであろうその鞄を目ざとく感知し、自分の譲れない部分を強調した。

「いくつなん?お兄ちゃん。めっちゃ背高いな。一体何センチあんの」理香子が鞄を動かしながら言った。

「百八十九」一応兄の思いを尊重しオフィシャルとしている背丈を私は答えた。「歳は私の二つ上」

「めっちゃめちゃ男前やん。ゆーちゃんと全然似てへんなあ。やっばー、芸能人みたい。あかん私あまりのイケメンオーラでしどろもどろになってもて、むっちゃアホな子みたいに映ってもたわ。ゆーちゃん後で理香子は決してアホな子ちゃいますー言うといて」

理香子にはこういう能天気で可愛らしいところがある。私はこの天真爛漫な親友が大好きだ。「理香子はおつむが弱くてアホたんで実は一年留年した子ですーて言うとわ」

「もーやめてーや。あかんで、絶対。なあ、彼女やーるん?」

「ううん、いてへん」

「まじで!?ななな、理香子のこと紹介しといてよ」

「あかんで。お兄ちゃんは女の子に興味ないんよ」

「え、どーゆうこと?女の子に興味ないって。お兄ちゃん、男の子が好きなん?」長めの前髪を顔の横に払いのけながら理香子は目を丸くして言った。

「なんでやねん。ちゃうわ。あの人は、今そういうなんに興味ないんよ。あの人の頭ん中は、うちらと違ってもっと高尚なことで満たされてんねん」

兄は大学に入って、色々な地域から集まる学生、そして日本人、外国人の混じる教授陣と出会い、講義やサークルを通して経験し学ぶことから新鮮な刺激を受け、「世界」ということに何か強い想いを抱くようになった。もちろん専攻は仏教学で全神経を使って学べることはすべて吸収していたが、同時に新しい興味や探究心が芽生えていた。「世界」——それが兄の新たなキーワードになった。いったい何があったのだろう。どんなことが兄の頭の中で渦巻いていたのだろうか。兄のような高いレベルの頭を持っていない私はそこまで知ることができない。しかし、高い身長のせいでゴンゴンそこら中で頭をぶつけるように自分のスケールと周りの感覚とが合っていないことに対する違和感、日本というところだけを自分の世界の中心にして満足してしまうことへの恐れ、焦り、そして自分の可能性をもっとよく知りたい、見てみたい、広げたい、という強い願いが兄の気持ちの根底にある気がする。兄は型にはまること、はめられることを何より恐れている。彼女を作らないのは、周りが判を押したようにしていること——例えば行事あるごとにデートをして、お互いの誕生日にちゃっちな指輪を買って、自分の家族に紹介し、相手の家族に紹介され……などのことに、心で抵抗しているのかもしれない。あるいは本当に同性に興味があるのかもしれない(!)。もしくは仏やキリストなみに博愛主義なのかもしれない。なんだってあり得る。とにかく、兄がいいと思ってしていることは私などがごちゃごちゃ言う筋でない。

兄は本をよく読む人だ。その時その時の愛読書が何冊かあり、そういう本は居間のテーブルにふと置かれていたり、兄の鞄からちょっと覗いていたり、朝食をとっている兄の左手にすっぽり収まって兄が専心折り目のついたページをめくっているのを見かけるので、この人が今何に興味をもっているのかだいだい表紙の題名を見ればわかる。高校を卒業し大学に入学した頃の三、四ヶ月間は、私が黄色とオレンジ色と肌色の本と呼んでいる歎異抄の三巻セット、それに『出家とその弟子』が兄の愛読書となっていた。兄の気持ちに相応しい本だったので、それらには深く気に留めていなかった。ところがある日、五木寛之の『青年は荒野をめざす』が何故か黄・橙・肌色の三冊と『出家とその弟子』に加わっていた。あら?と私は不思議に思った。統一感は一瞬にして消え、『青年は荒野をめざす』が規律と調和を乱す闖入者であるような気がした。この本は確かジャズ・ミュージシャンを目指すジュンという二十歳の青年が船に乗って世界各地を放浪する話ではなかったか。前に一度読んで、トランペットひとつで旅をする、向こう見ずで度胸の据わった主人公にちょっぴり憧れたのを思い出して、居間のテーブルのへりと垂直に、そっと置かれているこの五木寛之の本を眺めた。兄も主人公と同じ歳になるからそれを思ってまた読み返しているのかな。そんな風に解釈した。

その後、大学一年の後期に入ってまもなくの頃だったと思う——兄はこれから自分が進みたい道について真剣に悩み出した。日夜、考えに考えを重ねているようだった。リネンのシャツもその頃は黒色のばかり着て、眼の下にはよく隈ができていた。そんな兄の姿を見ると私は心が痛んだ。ゆらに何かできることはあるやろか。そればかり考えていた。そして、年が明けて半月もたたない頃、晴れ渡った顔に戻った兄は颯爽と大学に休学届けを提出した。兄は日本を思いっきり飛び出すことにしたのだ。家を三日以上あけたことすらなければ、旅行としてでも海外に一度も行ったことのない兄が、アメリカ留学を決断した。

続く——

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Reiko Kane

Author and
Co-Founder, Maplopo

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