
ロパッコングの輪ゴムおじさん
© All rights reserved. No part of this publication may be reproduced, stored in a retrieval system or transmitted in any form or by any means, electronic, mechanical, photocopying, recording or otherwise, without prior permission of Maplopo.
(試訳)
♦
ジェームズ・グラントは今年53歳になった。彼の赤毛の妻マーガレットは4ヶ月と22日前に彼のもとを去った。癌だった。膵臓というのは興味深い臓器だ。その役割を本当に知るのは、自分自身、もしくは自分の愛する人がそれによって死に追いやられるときのように思える。そして、その短期間で、学ぶことの多さといったら。
ジェームスの郵便局での仕事は心地よいものだ。彼の任されている比較的小規模のルートは街が大きくなるとともに拡大している。近頃は心待ちにするようなことはあまりない。しかしニューヨーク・ヤンキースはなかなかよくやってるし、サーマン・マンソンはヤンキースのキャプテンとして実にチームをうまくまとめて引っ張っている。マネージャーのビリー・マーチンは彼がいるべきところにもどってきた。今夜7対2でヤンキースの勝ち。同じニューヨークのメッツに関してはただただ悲惨である。
「おはよう、ジミー」
「よお、フランク」
「ヤンキースはどうだ?見たか?五回でマンソンが当てたあのものすげえヒット?すんげえよな。そんでレジー。あいつは向かうところ敵なしだよ。昨晩の試合ではシカゴ・ホワイトソックスはヤンキースにかなったもんじゃねーさ」
「そのとおりだ」
「今月のヤンキースの調子のよさといったら信じられねーよ。去年のあのバカすごさには及ばねーけど、でもよ—— 」
「ぜんぶマンソンのおかげだ。マンソンがチームをうまくまとめてるんだ。ワールドシリーズで勝利に導いたのもすげーが、チームをまとめメンバーの士気を高めてくのはもっと大変な仕事だよ。まったくもってピカイチのキャプテンだ」
「間違いねぇ。ああそういや、ピーバーグ(フィルップスバーグのこと)のお前さんの受け持ってる経路はどうだい?あそこらでは家がぽんぽん建ち始めているじゃねぇか。そのうち学校も建つって話だしよ。ニュージャージーからやって来る連中で確実にこの地域は勢いづいてるな」
「ああ、そうだ」
「それがいいのか悪いのか分かんねーが……」
「でも子どもたちはいいもんだな」
「あの、マクギー農家近くの子どもたちのことか?」
「ああ、あの子たちはいつでも駆けずり回って遊んでいるよ。自転車(Big Wheels社のプラスチック製子供向け自転車)を走らせたり庭々でサッカーをしたり。新しいタイプの活気が見られるのはなんかいいことだよ。ここ11年間俺たちにとってずっと同じだったこの町の光景とまったく違ってさ」
「うん、そうだな。クリスマスのチップ(年の終わりに郵便配達の人が各家庭からお疲れ様の意味をこめてもらえる心づけのこと)はどうだった?」
「まあまあってとこだな。多かろうが少なかろうがそんなに気にしちゃねーよ。ここの静かで平和なのが好きなんだ」
「わかるよ……。そうだジミー、なぁ俺とヴィーと一緒にニックスかどっかのピザ食いに行かねぇか?久しぶりによ」
「ああ……どうだろう……。最近やたら疲れててよ。自分の受け持ちルートを見直したりしてさ」
「ジミー。今あのエリアには家が20軒くらいしかねーし、もう10年もあのピーバーク経路担当してるだろ。何バカ言ってんだ」
「フランク……分かるだろ…………ああもう行かねーと」
「オーケー、ジミー。でもピザはお前を待ってるぞ。分かってるだろ。2週間だけ、待ってやるよ。それ以上はねーぞ」
ジミーは入り口から歩き出す。
「2週間だ。でないとお前んとこに散髪屋のトニーを送り込んでその髪切らせるからな。今は60年代じゃねーんだ、ジミーさんよ。おめーの年でその髪型はいけてねーぞ」フランクが鋭く言った。
自分の郵便トラックに不満をこぼす男はたくさんいる。クラッチが言うことをきかない。冬場のチョークは、確かにやっかいものだ。しかしジミーの家族はフォークス出身である。そしてフォークスの人間は、運転というのを心得ている。ほとんどがトラクターやシボレーカマロあたりだが、ペンシルベニアの山々でマニュアル車を扱いこなすのは郵便トラック運転手にとってそこそこ有利になる。
今日の雨はそんなに悪くない。安らぎをもたらす雨。でも子どもたちはみんな家の中だ。マーガレットは、雨の中にいる。1010WINSラジオをつけておくとジミーの気を多少紛らわせてくれる。AMトークラジオアナウンサーのスタン・ブルックスはニューヨーク市長コッチと1968年のゴミ収集作業員ストライキについて話している。11年が過ぎるのはあっという間だ。
「田舎暮らしでよかったもんだ」ジミーは呟く。
仕事が終るとジミーはニックスに立ち寄る。ニックスは今でも行きつけの店だ。しかしジミーはむしろ一人でピザを食べるのを好む。マッカランのウイスキーボトルとコーラが親しい友人代わりをしてくれる。毎晩、ボトル半分のスコッチに掘りおこされる記憶はたくさんある。ベトナム…… ジミーの父親…… かなわなかった夢の数々…… マーガレット。それらの味はいつも同じだ。でも、苦々しく感じることはない。
午前12時20分。CBS放送が終了する。ジャミジャミ画面から響くザーッという音。
午前4時。目覚まし時計が鳴る。
「今日は何曜日だ」ジミーは一瞬考える。「なんだっていい。また別の日だ。しかし、今日は晴れか。とするとカンタバリーとブラッドフォードんとこの子どもたちが外に出てるだろう」
写真入れ用の安物マグネットフレームは、マギー(マーガレットのあだ名)をジミーの車のダッシュボードにくっつけておくというその役目を、時々怠る。毎回ジミーは車を脇に寄せマグネットフレームを拾い上げ、土埃をはらって、もう少し安定していそうなところに付けなおす。
共に過ごした27年はたった今始まったばかりのように思えた。
「いささかぽっちゃりしてるけどね、おもしろいのよ彼は」マギーはよくこう言った。
ヤンキースのルー・ゲーリッグなどこの自分には敵わないかのように(悪いな、ルー!お前さんの冥福を祈る)ジミーはずっと、自分が地球上で一番幸運な男であるように感じていた。
マギーはまさに黄金だった。世界にとっても、ジミーにとっても、天からの贈り物のようだった。彼女が去ったときジミーは、これが彼の定めであったように思った。共に過ごした長い年月はあまりにもよすぎて、そんな彼の特権は永遠には続かない。
「こんちくしょう」
アホんたれダッシュボードめ。マギーが、また落ちる。
★とりあえずここまで★
原著を読みたい方は↓
Read the full version of “The Rubber Band King of Lopatcong” in English.
To further support our work, and purchase stories in paperback or Kindle form, please visit Amazon.com